この話はサブストーリーです.本編とはまったく関係ありません.が,人物関係上Ordinary Plus 1.を読んだ後に読むことをお勧めします.
ある晴れた日の午後,家の中に閉じこもっていては何かもったいないと思い,セーヤはとりあえず外へ出て自転車をこいでいた.
(外に出たはいいけど,どこ行こうかな.……とりあえず駅前の本屋まで行こうかな)
目的地も決まり,日の光の下,自転車を走らせた.目的地を決めたはいいけれど,それはあくまでいい天気で家から出たが何もすることがなかったために決めた目的地であり,すぐにそこまで行く理由もなかったので,今日はいろいろ道草をくって行くことにした.
とりあえずまずはいつも登下校時に通る,堤防沿いの道を行くことにした.休みの昼という時間帯なのか,平日の登下校時間には人はほとんど見かけないが,今日は堤防で親子がキャッチボールをしていたりお年寄りが散歩をしていたり,横になって日向ぼっこしていたり川辺で小さい子が水遊びをしていたり,ちょっとした憩いの場になっていた.その光景を眺めながらセーヤは自転車をこいだ.
しばらくいつもの堤防沿いの道を走っていると,小学生くらいの女の子が杖を突きながら歩いている姿がセーヤの目に入った.
(あんな子供が杖? 足でも悪いのかな)
予想に反して,女の子は持っている杖で自分の前を確かめるようにつきながら歩いている.その動作はある原因のせいでしなければならない動作だということが,誰の目から見ても分かった.
(もしかして,目が見えない?)
もちろんそれはセーヤの勝手な憶測に過ぎないが,あの杖の動かし方からしてまず間違いないだろうと思った.
女の子はセーヤのほうに向かって歩いてきた.セーヤは彼女の進路の邪魔にならないように,車線変更するような感じで道路の真ん中まで出て横を通り過ぎた.
その時,突然彼の後ろからパキッという音がした.
自転車を止めて後ろを振り返ると,女の子がその場で立ち止まっていた.手に持っていた杖は半分ほどの大きさになっていた.
「あれ?」
女の子はしゃがみこんで両手を地面につけて,何かを探すように手を動かした.セーヤは自転車を立てかけて女の子の方へ歩み寄った.
「大丈夫?」
「えっ,だ,だれ?」
セーヤはあたりを見渡すと,彼女が探していたものが下の堤防に落ちているのに気付いた.
「ちょっとそこで待っててね,今取ってくるから.……あ,そこから絶対動いちゃダメだからね」
そう言ってセーヤは下まで降りて,彼女が突いていた杖の下半分を拾うと少し助走をつけて,女の子のところまで一気に駆け上がった.
「ハア,ハア,……はい,これ」
セーヤは女の子の杖を持っていない方の手を取り,女の子の手のひらに拾ったものをのせてあげた.
「あ,……ありがと」
女の子は両手に持っていた半分ずつの杖を手馴れたように扱い,カチッと音がしたかと思うと杖が元通りになった.
「ひょっとして,目が見えない?」
「うん」
「そっか,やっぱり…….お父さんやお母さんは?」
「お父さんもお母さんもお仕事」
「じゃ,じゃあ,一人なの?」
「うん.おさんぽしてるの」
「一人で大丈夫?」
「うん,大丈夫」
「……もしよかったら,僕がいっしょにいてあげようか?」
「えっ……,ううん,お母さんが知らない人といっしょにいちゃいけないって言ってたから.……だけど,お兄ちゃん,やさしい人だから,いっしょにいて」
彼女の視線はセーヤのほうには向いておらずどこかある一点を注視しているかのようだったが,その目,その言葉からはほんのちょっとの不安が込められているようで,セーヤはそれが一人でいることの不安なのかセーヤといっしょにいることの不安なのかは分からなかったが,彼女の言葉を信じて前者にとろうと思った.
「うん,ありがとう.でも,目が見えないのに一人でお散歩って恐くない?」
「ううん,この道よく知ってるから平気.見えないけどちゃんと分かるの」
「そっか.すごいなあ,……えっと,そういえばまだ名前言ってなかったね.僕の名前はセーヤ,橋野セーヤ.あなたのお名前は?」
「竹宮トモリです」
「トモリちゃんか…….じゃあ,お散歩の続きしようか」
トモリは自分の立っている周りを持っている杖でたたくと,くるっと方向転換をしてさっき歩いていた方向と同じ方向に歩き始めた.セーヤはその一連の動作を見て口を半開きさせながら感心したが,すぐに我に返り自転車立てを倒して,自転車を押して彼女の後をついていった.
トモリの歩くスピードは意外に早い.自転車を押して歩いているセーヤは,ちょっと気を緩めてしまうとすぐにトモリとの間を開けられてしまう.杖の突き方も手馴れたようで,地面を突いたときのカツッという音が軽快なリズムを刻んでいた.それがまるで普通で自然,そしてまるで自慢であるかのようにトモリは歩いている間は顔をまっすぐ正面に向けていた.もちろん彼女にとっては“まるで”ではなく普通で自然のことなのだろうと思っていたが,やはり盲目という事実のせいでセーヤはどうしても“まるで”ととってしまいがちになる.そんなことを思ってしまう自分にちょっと悲しくなってしまった.
「お兄ちゃん」
「ん,なに?」
「……おしっこいきたい」
「おしっこ? えっと……」
セーヤは周囲を見渡してみると,すぐそこの交差点の角にコンビニがあるのに気付いた.
「おっ,コンビニ発見.ちょっとだけ我慢してね,すぐそこだから」
トモリの手を握って,もう片方の手で自転車を器用に押してコンビニまでトモリを引っ張るように連れて行った.
コンビニに着くとセーヤは前に自転車立てを起こし鍵をかけて,トモリをつれてコンビニに入り,トイレまで連れて行った.
「一人でできる? ……杖,持っててあげようか?」
トイレのドアを開けながらセーヤはトモリに聞いた.
「うん,持ってて.……多分一人でできると思う」
トモリは持っていた杖をセーヤに預けてトイレの中に入っていった.
「分からなかったら言ってね」
トイレの扉を閉めてドア越しにそう言った.
――5分後.
やはり目が見えないために苦労しているのだろうか,結構な時間がかかっていた.セーヤの頭の中にはだんだん不安という二文字が浮かんできたが,トイレのドアが開いて中から入る前と同じ状態のトモリが出てきたときはさっきの二文字はすぐに消えてしまい,思わずトモリをなでてしまった.
「ちゃんと一人でできたかあ、えらいなあ.……はい,これ」
セーヤはトモリの手にオレンジ色をした玉のようなものをのせた.
「お兄ちゃん,なにこれ?」
「ん? あめ玉だよ.トモリちゃんがトイレに入っている間に買っといたんだ.あめぐらい知ってるでしょ? ……もしかして,嫌い?」
トモリは手探りでセーヤの居場所を見つけ,まるでものが見えるかのようにまっすぐセーヤの顔の方に顔を向けて,にっこりとかわいい笑顔を見せて言った.
「ありがとう,お兄ちゃん」
そしてそのままトモリは手にしていたあめ玉を口の中に放り込んだ.
(やっぱり,目が見えないだけで普通の女の子なんだな)
セーヤも袋の中に手を突っ込んで中から一粒のあめ玉を取り出すと,口に放り込んだ.
セーヤはトモリの手をとり彼女を引っ張るようにいっしょにコンビニから出ると,手をつないだままさっきの場所,トモリがおしっこしたいと言った所まで戻っていった.
「さっきの場所まで戻ってきたけど……,この場所分かる?」
「うん」
「じゃあ散歩の続きしようか」
「うん.……お兄ちゃん,もう1つあめちょうだい」
「ん? なに味がいい?」
「……さっきのとは違うのがいい」
今度は紫色をしたあめ玉をトモリの手のひらにのせた.もらったあめ玉を口に入れると,トモリは杖を持って地面をたたき始めた.
「トモリちゃんてさ,いつもは何してるの? ……家の中でとか」
「ん? ……う~ん,お母さんたちとお話したり,ラジオを聴いたりしてるよ」
「あ,そっか……,ラジオがあったか」
「えっ?」
「もし僕がトモリちゃんみたいに目が見えなくなったらどうなるんだろうって考えてたんだ.目が見えないから,テレビも新聞も漫画も全部見れないし.何かできることなかったかなあって.そしたら,トモリちゃんがラジオって言ったから思い出したんだよ,ラジオは聞くだけでいいし」
「うん,ラジオは面白いよ.……そういえば最近ラジオでなんてかって曲が流れるんだけど,いい曲で,わたしすぐに好きになっちゃったんだ.力があって,でもどこか悲しそうで…….あの曲を聴くと涙が出そうになるけど元気が出てくるの」
「へえ~.その歌のタイトルは分からないの?」
「うん…….なんかよく分からなくて.とぅるうねえむ,とかいうんだけど」
「とぅるうねえむ? で,誰が歌ってるかは知ってる?」
「うん,如月サツキって人だよ.わたしこの人大好き!」
「えっ!?」
「どうしたの? お兄ちゃん.急におっきな声だして」
「あ,ううん,ごめん.ちょっとね……」
「……でも,わたしサツキちゃんのこと大好きなのに,サツキちゃんの顔も分からないんだよね.……どうしてわたしの目って何も見えないのかなあ.わたし,何か悪いことでもしたのかなあ」
「……ねえ,トモリちゃん.今から如月サツキちゃんのところに連れて行ってあげようか?」
「えっ?」
「実はね,僕,サツキちゃんとお友達なんだ.だから,トモリちゃんにサツキちゃんを会わせてあげよう……,ううん,会わせてあげたいなって思って.どうする?」
「ほんとに,あえるの?」
「う~ん,今うちにいるかどうかわかんないけど…….いま急に決めたことだし.もしかしたら仕事でいないのかもしれない.だけど,行ってみないと分かんないよ? どうする? 行く?」
「う,うん! 行く!」
「よ~し,じゃあ行ってみようか!」
(で,マンションまで来たはいいけど,どこに住んでるんだろ…….まあ,赤吹って苗字は多くないと思うから大丈夫か)
などと軽い気持ちでトモリを引っ張ってマンションの中に入ると,入り口でガラスの扉に道を阻まれ先に進むことができなかった.扉のそばの壁には0から9までの数字がはいったボタンとスピーカーがついてあり,その隣りには,扉の開き方として暗証番号を入力するか,部屋番号を押してその部屋の入居者から開いてもらうといった説明書きがされていた.
(部屋番号……,そんなの知らねえよ)
どうすればよいか分からず何か手がかりはないかとまわりを見てみると,すぐ後ろに全部屋分の郵便受けがあるのに気付いた.結構な数があり,しかも名前が書いてない受け箱もかなりあったのだが,これしか手がかりがないと思いおもい当たる苗字を探してみた.
(あった! 赤吹……っと,307か)
赤吹と書いてある受け箱は一つしかなかったので,これだと確信し回れ右をして壁にとりついてあるボタンにさっきの数字を入力した.
しばらくの静寂のあと,スピーカーから小さな声が聞こえてきた.
「……はい,どちらさまでしょうか?」
「あ,あの,赤吹さんのお部屋でしょうか? 僕,橋野というのですが,ユズカさんはおられますか?」
「えっ,橋野君!?」
スピーカーから聞こえる声の大きさが,セーヤが言った前と後とでは全然違っていた.
「ど,どうしたの? 今日,なんか約束してた?」
「う,ううん,突然来たんだけど……,もしかして今忙しい? それならいい……」
「ううん,大丈夫.いま鍵あけるからね」
そう聞こえて何秒もかからないうちにガラスの扉からガチャッという音が聞こえた.
「開いた……? それじゃあ中に入ろうか」
「今の声……,サツキちゃんの声だ! 本当だったんだ,お兄ちゃんの言ってたこと,本当だったんだ!」
トモリはセーヤにつかまれていた手をブンブン振って,本当にうれしそうにはしゃいでいた.その様子を見てセーヤはちょっとうれしくなったが,振っている手をちょっと強く引っ張って自動で開いたガラスの扉の間を2人は通り抜けた.
「えっと……,エレベーターの方がいいよなあ」
扉の真正面に階段とエレベーターがあったが,目の見えないトモリのことを考えてセーヤはエレベーターの上矢印のボタンを押した.
三階に着くと目指す部屋を探して,307の数字を見つけるとその近くにあったインターホンのボタンを押した.中からは何の音も聞こえなかったが,しばらくすると目の前の灰色の扉がちょっとばかし開いたようなので,セーヤはその間から部屋の中を見てみた.そこには私服姿だが見慣れた女の子の顔があった.
「本当に,橋野君?」
「えっ?」
部屋の中の女性はしばし彼の顔を見ると,確認をしていたのか,扉を開けた.
「いらっしゃい,橋野君」
「ごめん,突然」
「ううん,いいの.今日はオフだから.……ん,この子は?」
ユズカはセーヤの隣りにいた女の子を見て言った.セーヤから見る限り,トモリは喜んでいるのか驚いているのか,感動しているのかよく分からない表情をしていたが,何もしゃべりはしなかった.
「えっとさ,実は……,っとその前に,中に入ってもいいかな」
「え,あ,ご,ごめんなさい」
家に入りある部屋に案内されて座っていると,ユズカがジュースをいれてきてくれた.
セーヤはトモリのこと,そしてユズカの家に行くことになったいきさつをユズカに教えた.
「だから突然で悪いんだけど,今日だけトモリちゃんの如月サツキになってくれないかな?」
そういい終えると二人の正面に座っていたユズカは立ち上がり,トモリの隣に座ってそっと彼女を抱いた.
「ありがとう,トモリちゃん.私のこと応援してくれて,私すっごくうれしいよ.これからもトモリちゃんや応援してくれるみんなのためにがんばって歌うから,トモリちゃんのことを応援してるから,トモリちゃんも私のこと,これからも応援しててね」
トモリははじめびっくりした様子だったが,すぐに穏やかで,やさしい表情になった.
「うん!」
「よかったね,トモリちゃん」
「ありがとう,お兄ちゃん.ありがとう,サツキちゃん.わたし,とってもうれしい.……ねえ,サツキちゃん」
「ん,なに?」
「とぅるうねえむ歌って!」
「“True NAME”ね.まかせて!」
窓から外を見ると空が茜色に染まり始めていたので,二人は帰ることになった.
「じゃあ,またね.トモリちゃん」
「またね~」
セーヤにユズカのほうに向きを変えさせてもらって,トモリは手を振った.
「ごめんね,今日は.突然来ちゃって.……それじゃ」
「それじゃ,また,学校でね」
セーヤはトモリの手を引っ張ってマンションを出た.
「さて……,帰ろっか.って,帰り方分かんないよね」
「うん」
「どうするかなあ.またあそこまで戻るかなあ.それとも,なんか目印みたいなの,トモリちゃんちの近くにある建物とか,知ってる?」
「う~ん……,わかんない.けど,お兄ちゃんとあった場所までもどればわかるよ」
「あんなところまで!? ……じゃあ行こうか.さすがにめんどくさいけど,しかた……,トモリちゃんのためだからね」
二人はそのまま手をつないで,ほかの人から見ればまるで本当の兄妹であるかのように並んで歩いた.
道中トモリは持っていたあめ玉の袋に手を入れて,まだ少しだけあるあめ玉を一つとるとそのまま口に入れた.「僕にもちょうだい」とセーヤが言うとわざとらしくいやそうな顔を見せたが,ニコニコしながら袋に手を入れて取り出した一粒のあめ玉を,まるで本当は目が見えているかのように彼の方を向いて,「はい」といって渡してきた.セーヤは受け取ったあめ玉を口に入れると,放していた彼女の手を再びつかんだ.
空は次第に水色から朱色にへと移り変わっていった.
二人が最初に出会った場所に戻ってきたときにはもう,いくつか星が見えていた.
「だいぶ暗くなってきちゃったなー.本当にここから1人で帰れる?」
「うん,大丈夫.……目が見えないんだから,明るくても暗くてもいっしょだよ」
「それはそうかもしれないけど……,一緒にトモリちゃんちまで行ってあげようか?」
「ううん,いいよ,平気だから.……今日はありがとね,お兄ちゃん.すっごく楽しかったよ.サツキちゃんにも会えたし」
「そう? それはよかった」
「うん,じゃあまたね,バイバイ」
トモリはセーヤにむけて手を振ると,くるっと踵を返して手に持った杖で地面をつつきながら彼から離れていった.その後ろ姿を見て,楽しさと悲しさと心苦しさと不安とがいっしょになったようななんともいえない気持ちになった.
(ついて行ってみるか?)
そう思うやいなや,セーヤはトモリの後をこっそりとつけて行った.
最初「この道よく知ってるから平気.見えないけどちゃんと分かるの」と言っていた通り,体に染み込んでいるのかススッと歩いていく.それでも杖で地面をつついていたが,それを使わなくてもいいくらい道路の端を普通の人のように歩いていく.休日ということもあってかほんの少し車が通ることもあるが,音で気付いているのか車が彼女の横を通り過ぎるときは,彼女はその場で立ち止まって地面についている杖の先端をより道路のはじへ動かして通行の邪魔にならないようにしている.車が通り過ぎると彼女は再び杖をついて歩き出す.
(これは全然心配ないかも)
心配性なセーヤでさえもトモリのあの機敏な動きをみればそう思わずに入られなかった.しかしせっかくだからと最後まで見届けることにした.
無事何事もなく,それがさも当たり前のようにも感じられたが,トモリは自宅へと帰ることができた.トモリの家の前で一人の女性が左右をキョロキョロと見ていたが,トモリの姿を見るなり彼女のところまで走ってきてギュッと抱きしめた.
「トモリ,こんな遅くまでどこ行ってたの? 心配しちゃったじゃない……」
「ただいま,お姉ちゃん.ちょっと今日は遠くまでお散歩してたんだ.ごめんね,遅くなっちゃって」
「……無事に帰ってこれただけでよかった.さあ,おうちに入ろう」
「うん」
なぜかそばにある電柱のかげに隠れていたセーヤだったが,トモリが無事家に着いたようだったので胸をなでおろしていた.
空はもう暗くなっていたが,セーヤは夜空の下,帰路についた.
セーヤが自宅に着いて初めて,コンビニに自転車を置き忘れている自分に気がついた.
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