この話はOrdinary 4.のサイドストーリーです.メインストーリーとの関連はありません.
「お兄ちゃ~ん,帰ってきたの?」
返事がなかったのでミミはさらに言う.
「今から,ミツル君といってくるからね!」
「お兄さん,何も言ってないけど大丈夫なのかい?」
ミミはこっくり首を縦に振った.だてに何年も一つ屋根の下で暮らしているわけでなく,ミミにはセーヤの様子を十分に把握していた.
そのとき急に部屋のドアが開いてそこからセーヤの顔がひょっこり現れた.
「いってらっしゃい」
そう言うと首を引っ込めてドアを閉めた.ミミは微笑んでミツルを連れて出かけていった.
「本当に大丈夫なの? 元気がなかったようだけどさ」
ミツルは心配そうにミミに聞いた.
「大丈夫だって.あんなお兄ちゃん,けっこう見るんだから.悩み事かなにかがあるとああいう風になるの.それよりどこに連れて行ってくれるの?」
「えっ,ああ.ひみつ.楽しみにしてくれてもいいと思うよ」
「ほんと? 期待してるね」
ミミはにっこり笑って言った.
二人は横に並んで,しかしまだ手はつながずに歩いていった.
「どのくらいかかりそう?」
「そうだなあ……,バスであそこまで乗るから……,1時間ほどで着くと思うよ」
「着くと思うよって,もしかして行ったことないの? それに,今は3時過ぎだよ.帰るのが遅くなっちゃうよ」
腕時計を見ながらミミは言った.
「大丈夫.何とかなるって」
そのミツルの答えにミミはかなり心配になったが,それもいつものことなので付き合いはじめの頃よりかはいくぶん不安はなかった.しかしそれでも兄といる時間のほうが絶対的に多いので,もし隣にいるのが兄ならば心配ないのだが,彼なのでその不安が完全にないというわけではなかった.
「何とかなるってって…….それに,私そんなにお金持ってないよ」
「それは大丈夫.バス代だけでいいから.それくらいなら持ってるだろ?」
「バス代って,どこまで行くか知らないのに分かんないよ」
「足りなかったら僕が払うから」
しばらく歩くと並木通りへと出てきた.
「あっ,つぼみがついてる!」
指をさしながらミミがそう言うのでミツルも彼女の指がさすほうを向くと,そこには確かにつぼみがあった.
「もうすぐこの通りが桜でいっぱいになるんだね,楽しみだなあ」
「ミミちゃんは桜が本当に好きなんだね」
「うん.だって,桜って春にしか咲かないでしょ? それがいいんだ.けなげな感じがして……」
桜並木を見上げているミミを見て,ミツルは幸せな気分になった.
今いる通りにあるバス停でしばらく待っていると,バスが来たので二人は乗った.
いくつバス停を過ぎただろうか,彼女の視界には普段は見慣れない光景が入っていった.
「けっこう遠くまで行くんだね.この辺はたまにしか来ないよ」
「次で降りるから.その後しばらく歩くよ.大丈夫?」
「うん」
バスを降りるとほのかに花の香りがした.
しばらく歩くと二人の前には大きな花畑が見えてきた.
「もしかして,ここ?」
「うん.実は……,ここのチケットが手に入ったからいっしょに行こうかと思ってさ.有効期限が明日までだったから,明日は2人とも早く帰れないし,今日行こうって思ってたんだ」
「ほんと!? じゃあさ,早く行こう!」
ミミは喜んでミツルの手をつかんで,彼を引っ張って入園口まで行った.ミツルはそのとき彼女が本当に喜んでくれた様子を見てうれしかったし,別な意味でもうれしかった.そのとき西の空はほんのり赤く夕づいていた.
思っていたよりも小さい入園口でチケットを差し出してここの花畑のパンフレットをもらうと,ミミは再びミツルの手を引っ張って走り出した.
「ミミちゃん,そんなに引っ張らないで.手が伸びる~」
ミミはそのあたりの花から手当たり次第見て回った.彼女に引っ張られてミツルは翻弄され,ゆっくりと花を見ることができなかった.
「けっこう坂がきついね.どうしてこんな斜めな部分に花畑があるんだろうね」
「ほんと」
二人のいる花畑は全体的に傾斜がかっていたため,短時間でもけっこう足腰にくるのだった.
パンフレットを開いてみると,ミミはあるものに興味をもった.
「ねえ,花時計だって.見てみない?」
「いいよ.行こうか」
花時計の前に立つと,そこには赤,黄,白,色とりどりの花によってカラーリングされた,まさにきれいという言葉がぴったりの丸い花壇があり,長針と短針も同種同色の花で色づいていた.花時計の回りにはそれを取り囲むようにさらに白い花で埋め尽くされた花壇がしかれており,それらの間にベンチがあったので二人は座った.
「きれいだね.それに,いいにおい」
ミミは目を閉じて大きく息を吸い込んで,さまざまな花の香りを楽しんだ.
「ほんとだね.……一面じゅう花だらけだ.花粉症の人には地獄かも」
「ハハッ,そうかもね」
二人は静かに花の中にいる自分を確かめた.
「それじゃあ,行こうか」
「ええ~っ,もう帰るの~」
「ううん,おすすめスポットに行ってみようよ」
「おすすめスポット?」
ミミはパンフレットを見てみるが,それらしいことは何も書いてはいなかった.
「どこにも書いてないよ.どこにあるの? そんなところ」
「いいからいいから.僕についてきて」
そう言うとミツルは立ち上がり歩き始め,その後ろをミミがついていった.
彼が向かった先は入園口だった.
「もしかして出ちゃうの?」
「うん.でも大丈夫.あっと驚くから」
二人は入園口を出るとそのまままっすぐ,来た道とは違う道を歩いていった.
しばらくまっすぐ歩いて,ふとミツルは立ち止まったのでミミも立ち止まった.
「どうしたの?」
「ここがおすすめスポットです.……うしろを振り返って」
ミミはミツルの言うとおり振り返ってみた.すると,
「うわ~~~~ッ!!」
彼女の見た光景は,小さく見えるさっきの入園口,そしてそのさらに奥にはさっきの花畑の全体が,まるで一枚のキャンバスに描かれた絵のように見えたのだ.そしてそのキャンバスには,白い字で“LOVE”と書かれてあった.
「すご~い,これ~ッ.どうなってるの~?」
「花畑全体が坂になってただろ? だからさ.入園口が小さいのもあれをよく見せるためで,“LOVE”って文字は白い花で書かれてるんだ.“O”の字はさっきの花時計の回りの白い花壇なんだよ」
ミツルはそう説明したが,ミミを見てみるとそんな言葉はまるで耳には入っていないかのようにじっくりフラワーキャンバスに魅入っていた.
「きれ~い……」
彼女のうれしそうな表情を見て,ミツルは来てよかったなと思った.
「どう? このおすすめスポットは」
「最高! ミツル君,よくこの場所知ってたね.パンフレットにも書かれていないのに」
「まあそれはいいから.でも,このスポットなら気に入ってくれるかと思ったからさ,気に入ってくれたようでうれしいよ」
「うん,本当にいいよ.かんどうした.ありがとう」
「どういたしまして」
二人は家路についた.
ミミはこの出来事を家族のみんなに話してあげて,母から冷やかしをもらった.
ミツルは……,
「どうだった,ミツル.うまくいった?」
「ああ,姉貴,うまくいったよ.そのお節介さもたまには役に立つね」
「お節介は余計.それだけわたしも応援してるんだからね」
「その気持ちだけありがとう.あと,チケットとおすすめスポットのこともね」
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