私と橋野君が入ったファミレスはちょうど交差点の角にあって,幹線道路沿いにガラスが張られているので外から中が丸見えなんです.橋野君は私のためを思ってくれたのか,お店の一番奥の席に,他の人からは私の後姿しか見えないようにしてくれました.他の人にしてはなんでもないちょっとしたことかもしれないけど,そのやさしさは私にとってはとても大きなもので,ホントに私のためを思ってしてくれたことなのかどうかは分からないけど,揺れ動いていた私の気持ちが少しずつ固まっていくのが自分でも分かりました.
今度出る新曲が橋野君に気に入ってもらえたって分かったとき,顔には出さないようにしたけれど心の中ではパニックでした.普段仕事なんかでやっている作り笑顔がこんなところで役に立つとは思ってもいませんでした.ちょっと冗談っぽく「デートできた」って言ったとき,私の心臓はあまりの緊張にバクバクしていました.それでも平然と装うことのできた自分がちょっと嫌いです.これからの仕事にとっても今の状況にとっても私にとってはそれは有利なことなんだけど,それって私以外の人には,橋野君にはだましているってことだから.
「……人気急上昇中っていわれるのもあの1曲で納得したよ.ハードスケジュールだったっていうし,ものすごい人気なんだね」
「そんなこと言われると,照れちゃうよ」
口ではそう言ったけど,私は気づいてしまいました.橋野君が好きになってくれたのは歌っているときの私,“如月サツキ”で,“赤吹ユズカ”ではないんだっていうことに.CDにはいっている声も私じゃなくて“如月サツキ”.だけど,詞は私とコトネが書いたものだから,もしかしたら…….
「あの……,ううん,やっぱりなんでもない」
詞はどうだったか聞こうと思ったけど,もし期待する言葉とは逆の答えが返ってきたりしたらと思うと怖くなって,聞くことができませんでした.
この前は橋野君に本当の気持ちを打ち明けることができたのに,それ以来彼には素の私を見せ続けてきたはずなのに,今になってどうしてこんなにもネコをかぶるようになったんだろう.本当のことを言えなくなったんだろう.それってやっぱり,橋野君のことが好きになっちゃったからなのかなあ.それで,彼の本音を聞くのが怖くなっちゃったからなのかなあ.
さっきまで,いっしょにコトネをさがすなんて口実で,二人でこの辺りをいろいろ歩き回って私はそれだけで楽しかったです.デートしてるんだって感じました.橋野君はそんなこと思ってないだろうけど,私のことをただの友達としか見てくれてないかもしれないけど,それとも歌手としての私だと見ているのかもしれないけど,それはそれでちょっと悲しいけど,私の橋野君に対する想いは正しいものなんだと信じています.
「さ~て,何か頼もうか?」
そう言って橋野君は前に置いてあったメニューを開いてながめていました.
私は不安でいっぱいだけれど,それでも表情は普通に繕っているけれど,そんな自分が嫌いだけれど,だけど,橋野君には嫌な自分を見せたくないから,本当の私を見て欲しいから,“赤吹ユズカ”を見てもらいたいから,さっき無理矢理で自分勝手な応援を受けたから,今がちょうどいいタイミングだから,私は自分の想いを告げようと思います.
「……橋野君,あの~……」
「いらっしゃいませ~」
模範的な店員の大きなあいさつのせいで後に続く言葉が真っ白になってしまいました.とっても恥ずかしかったから私はうつむいていたんだけど,ゆっくりと視線を彼の方へ向けると,橋野君は今入店した人の方へと目線を向けているようでした.私は内心ホッとしたけれど,すぐにその気持ちは安堵と後悔と不快が入り混じったものになりました.
「あっ,コトネちゃん!」
「えっ!?」
橋野君がそう口にしたので私も振り返り見てみると,帽子をかぶっていてはっきりと顔は見えないけれど,確かにそこにいたのはコトネでした.長い付き合いだから,橋野君よりも見間違えることはありません.
コトネは自分に気が付いている私たちに気がついたのか,私たちのところまで来ました.
「……やあ」
「やあ,じゃないって.一体どこにいたんだよ,ずっと探してたんだよ」
「コトネ,ここここ」
私は少し奥につめて隣に座るようにとシートをポンポンとたたいたら,コトネは私の顔を見てきました.私はいつもの表情をしてたけどさすがにコトネには見破られたようで,バツの悪そうな表情をしながら私の隣に腰掛けました.
「結局,コトネちゃんはどこにいたの?」
「……どこにいたっていうか,……寝坊したっていうか」
「寝坊…….遅刻したら許さないなんていっておいて自分が遅刻するなんて…….でも……,よかったよ.何かあったんじゃないかって心配したんだから」
「ご,ごめん.私もさ,あちこちいろいろとさがしてみたんだけど見つかんなくて.セーヤ君携帯持ってないし」
「ホントに.赤吹さんも手伝ってくれたんだから…….それで,これからどうするの? 何かあって僕を呼んだんでしょ?」
「う~んとね……」
そう言いながらコトネは私の方を見てきたから,私は普通に「ん,何?」とだけ言ったけど,コトネは私のその顔を見るなり困ったような表情をしていました.やっぱりコトネには作った顔が通じないんだなと思い,その上自分の正直な気持ちが顔に出るコトネのことがうらやましくもありました.ううん,コトネは顔に出すぎかも.
「……どうしよっか,ユズ?」
「何で私に聞くのよ? 今日はコトネと橋野君が待ち合わせしてたんでしょ.……私,お邪魔だから帰ろっかな」
そう言って私はその場を離れようとしました.そうしたらコトネが,
「あっ,ちょっとユズ,待って…….ああ,もう,ごめんセーヤ君,今日はこれでお開きね.また今度この埋め合わせするから」
と言って私の後を追っかけてきました.そのあと橋野君はどうしたのか,私は知りません.
「ちょっとユズ,待ってよ,ねえ,ユズ!」
ファミレスを出てから私は知らない間に足早になっていた.多分,あの場から少しでも遠くへ,離れたかったんだと思う.そうしないと,このあとコトネと話す時に橋野君に大事なことを聞かれてしまうかもって思ったから.
コトネは走って追ってきたからすぐに私は追いついてしまったけど,私はスピードを緩めることなくコトネの言葉に耳を傾けることなくどんどんあのファミレスから離れていった.コトネは少し息が荒かったけど,私のスピードに合わせてピッタリと横についてきた.
「ねえ,ユズってば,今日から私んちに泊まるんでしょ.ね,いっしょに帰ろ?」
確かに今日から仕事はないけどお母さんは帰ってこないから,コトネんちにお邪魔することにはなってるけど.
「ねえったら……,ゴメン,謝るよ,勝手なことしたって.だから……」
「やっと言ってくれた」
私は歩くのを止めてコトネのほうを向いた.コトネの顔にはじっとりと汗が出ていた.コトネは不安そうな顔をして私を見返してきている.
「ホント,コトネったら勝手だよ.電話に出たと思ったら『セーヤ君をよろしく』ってだけ言って切っちゃうなんて.私たちのあとをついてきたりもして.……私のためを思ってしてくれたってのは分かってるけど,もう2度とこんなことしないでよね.ホント,勝手なんだから……」
「ゴメン,ユズ.私が悪かったよ.……約束する,もうしないって」
「……な~んてね!」
私は今までとは正反対に明るい声を出して言った.コトネを見るとちょっと驚いているけど,その顔がちょっと可愛く見えた.
「実はけっこう楽しかったよ.橋野君と2人っきりでデートしてるみたいでさ.仕事の疲れもすっかり吹っ飛んじゃったし.2時間があんなに早く感じたの久しぶり.……それで,さっきファミレスにいたときに告白しようって思ったんだけど,ちょうどその時コトネが入ってきてくれたから助かったよ.緊張しすぎて言葉が出なくて.ホント,ナイスタイミング!」
「そ,そうなんだ.1番いい時に邪魔しちゃったね,ゴメン.……でもびっくりしたぁ.ユズから手をつなぐくらいだから結構ノリノリだって思ってたから,何で機嫌悪いんだろうってドキドキしてたんだ.ウソでよかったよ」
「ウソなんかじゃないよ」
私は真剣に言った.コトネは少し驚いた感じだったけど,すぐにまじめな顔つきになった.
「ウソなんかじゃないよ.……約束は守ってよね,もうこんなことは2度としないって.また今日みたいな事したら,今度は本当に怒るよ.……これだけは私だけでがんばるから,コトネにも頼れないから」
「……それって,私もセーヤ君のことが好きだから?」
「ううん.……そうしなきゃいけないって思うから.……応援してくれるのはうれしいけど,余計な手出しはされてもうれしくないから.それが同じ人が好きならなおさらね」
「……だけど私,分かんないよ.セーヤ君のことが好きなのか.この前いろいろ考えたけど,結局分からなかったよ」
「大丈夫,いつか気づくよ,必ず.……もしその相手が橋野君じゃなかったとしても,橋野君であっても,私はコトネを応援する」
「……ユズったら,何か大人っぽい」
「……じゃあ,帰ろっか」
きっと,恋をしている自分に気づいているからなんだと思う,コトネに大人っぽいって言われたのは.それが今の私とコトネとの違いだから.でも,今はまだ大人“っぽい”ままでいい.好きな人の前で見せる偽りの自分が嫌いだから,“っぽい”が取れるようになるのはまだ早い気がする.なんのためらいもなくありのままの自分をさらけ出せて,そしてそんな自分が好きになったときに,告白しよう.自分自身が嫌いなのに私のことを好きになってだなんて,都合がよすぎるから.
翌日の朝,セーヤは登校中にコトネとユズカがいっしょになって登校しているところを見かけた.昨日約束をすっぽかされたあげくファミリーレストランに独りきりにされ,注文をせずに出て行くのも悪い気がして結局,自動販売機で買うよりも値段が高く量が少ないジュースを一杯飲んで帰ったのだった.そのことをちょっと文句でも言おうと思っていたら,
「あっ,セーヤ君,おはよう.昨日はゴメンね,先,帰っちゃって」
と先制攻撃を受けてしまい,文句を言うに言えなくなってしまった.
「それでさ,その埋め合わせなんだけど,セーヤ君,いつもお昼は購買のパンばっかりでしょ? だから今日は私とユズとでセーヤ君のお弁当を作ってきたから.だから期待してていいよ.……先に2人でいつもの場所に行ってるから,いつもみたいにパン買って来ないようにね」
「ホントに? ……っていうか,なんで赤吹さんまで? 2人って一緒に住んでないよね?」
「ちょっと事情があって,今,コトネのうちに住んでるんで……,住んでるん,だよ」
「詳しい話はお昼休みにするから.それじゃあねー,行こっ,ユズ」
「うん,またあとで,ね,橋野君」
二人は猛スピードで自転車を走らせた.二人の姿が見えなくなるのに時間はかからなかった.それは,途中で曲がったから.
「……なんか急いでる理由でもあったのか?」
セーヤはマイペースで自転車を走らせていたがその一方で,さっき猛スピードを出していた2人はどうなったかというと.
「ハア,ハア,ねえ,コトネ,……なんで急に,スピード,上げたりしたの? ハア……」
「だって,ユズの,言い方が,おかしいんだもん.……ハア,ハア,あんなに無理して,普通にしゃべらなくてもいいのに」
「だ……,だって,昨日コトネが言うから!」
「フウ~,まさかあんなにぎこち悪くなるとは思わなかったから.それなら今までどおりに話した方がいいんじゃない?」
「余計なお世話! 私だって,やる時はやるんだから……!」
「おお~,ユズが燃えてる~!」
……理由はありませんでした.
四時限目が終わって昼休みとなり,セーヤは教科書などを片付けていつもの場所へと向かった.今日は購買でパンを買わなくてもいいということなので,いつもと違って時間にゆとりを感じていた.購買の前を通ると長い行列ができており,今までこんな列に並んでたのかと客観的に見て久しぶりに感じた.自動販売機の前を通ったとき,何か飲み物でも買おうかと思って何があるか見てみたら,冷たいお茶やジュースのボタンには全て赤く“売切”の文字があった.
「……ココアしか残ってないのか.しかもホットかよ」
結局何も(ホットココアは)買わずに手ぶらで外へ出ると日差しがまぶしかった.すでに前庭の回りで多くの生徒たちが,各々の弁当箱を広げて友達と楽しくおしゃべりしながら昼ごはんをとっていた.
(……あれ? デジャビュ?)
などとどうでもいいことを考えながらいつもの場所へと向かうと,そこには見知った二人が先に座っていた.コトネとユズカだ.
「や,セーヤ君.いらっしゃい」
「いらっしゃいって……,2人とも早いね」
よく見ると二人ともほんのりと汗をかいている.
(あれ,またデジャビュ?)
などとくだらない考えが頭の中をよぎったが,いつもとは全く違う部分が二つあった.一つはセーヤが手ぶらであるということ.もう一つはベンチの前に敷かれた大きなビニールのシートだ.俗に言う敷物の存在だった.
「……どうしたの,この敷物?」
「どうしたのって持ってきたの.なんでって,ピクニック気分? ううん,遠足気分?」
コトネはあっけらかんと,そして聞いてもいないことを答えた.そしてユズが努めて冷静にツッコミを入れた.
「コトネ,ピクニックも遠足も同じ意味だよ」
二人はすでにシートの上に座って弁当箱を広げていた.白飯の変わりにアルミホイルでくるんであるおにぎりが十個.箸は包み紙に“おてもと”と書かれた割り箸.あと,おかずがギッシリ詰まった弁当箱が三つ.この豪華さを見れば本当に遠足気分だった.ちゃっかりおしぼりまで付いている.
しかし,ここまで準備が完璧にもかかわらずある肝心なものが足りなかった.特にこんな時,おにぎりを食べたときによく必要になるアレ.遠足気分風に言えば,水筒.
「あれ,飲み物は?」
「ないよ.自販機で買ってきたら?」
「なんでここまで完璧に準備しておいて飲み物が,水筒がないんだよ」
「だって,水筒って重たいしかさばるし邪魔になるし.買った方が手っ取り早いって思ったから」
「……自販機,もうココアしかなかった.しかもホット……」
「いいじゃない,ココア.おいしいよ.私は食事にはお茶じゃないとダメだけど」
「いや,僕だってそーなんですけど……」
セーヤが靴を脱いで落胆しながら腰を下ろした.おもむろにアルミホイルの塊を一つつかんで開いていく.中からはややこぶりながらキレイな三角型をしたおにぎりが顔を出した.
「あれ,買ってこないの? ココア」
コトネが面白不思議そうに聞いてきた.聞かずとも答えが分かるのに面白がって聞いてくるコトネにほんのり怒りを覚えるセーヤだった.しかし冷静に,大人の対応として紳士的に答えた.
「いらん」
……前言撤回.子供の対応,幼稚的な答え.しかもおにぎりをほおばりながらのご回答.
「あの……」
ここでユズカが話を割って入ってきた.二人が彼女に目をやると,彼女の前には大きな銀色の円筒状の物体が.例えるなら魔法瓶的なものが置かれていた.
「水筒持ってきたから,橋野君もよかったら飲む?」
セーヤはあまりのうれしさに,おにぎりをのどに詰まらせるという恩を仇で返すような目に陥る破目に遭った.すぐにユズカから冷えたお茶をもらったのは言うまでもない.
「……しかしこれ全部,食べきれるかな?」
「セーヤ君のために作ったんだから,食べてもらわないと.ね,ユズ!」
「う,うん…….でも,無理なら残してもいいからね.今日はちょっと,コトネも私も張り切りすぎちゃったから」
「……張り切りすぎッスよ」
三人は遠足気分でご飯を食べていた.いつもと同じ時間,同じ場所なのに,ちょっと変えてみただけで三人にはいつもよりも楽しい午後のひとときとなった.のんびりという副詞がピッタリな初夏の午後.
しかしお昼がのんびりだった分,放課後には非のんびりなことが起こるのは世の真理・命題なのだろうか.
授業が終わり帰宅の支度を終えてそのまま部活へと行くと,近づくにつれてセーヤの体中をぬったりとした負のオーラのようなものがまとわりついてくるように感じた.気色悪いものではあったが他人事のようにも思えないこの感じ.
彼の前には久しぶりに部活に来ていたユズカの姿もあったが,遠くから見ても震えているのは一目瞭然だった.
「大丈夫,赤吹さん?」
「橋野君……,なんかね,急にね,寒気がするっていうか気色悪いっていうか体が重いっていうか,何かそんな感じがして……」
「ゴブハッ!」
突然変な叫び声が聞こえたかと思ったら一変,さっきまで二人の体にのしかかっていたイメージとしては深緑色の負のオーラがサラーッと洗い流されていくような感じがした.どちらかというと重症だったユズカもたちまち元気を取り戻した.
「あれ? さっきまで調子が悪かったのに急に体が軽くなったような……」
「……やっぱり原因はあの人か」
今のこの隙にセーヤは急いでいつもの練習場所へと行くと,ユイナとトランペットの一年生とリホ,そして真っ白に燃え尽きていたトモジの姿があった.リホはユイナに茶褐色のビンを預けると,セーヤには「こんにちは」と一礼をしてその場を去っていった.トモジ以外の三人は今にも気が滅入りそうなほどだった.もはや練習をすることのできる環境ではない.
「……一体何があったの?」
セーヤが三人に聞くと,一番近くにいた,ビンを持ったユイナが答えてくれた.
「話は長いようで短いんだけど……」
「じゃあ話してよ」
「うん…….あのね,昨日,リホちゃんの誕生日だったんだって.それで……」
「もういいや.みなまで言わずとももう分かったから…….ようは秋瀬さんに全く相手にされずに落ち込んでた,と」
「うん,そういうこと.だからさっき,部活に集中できないからってリホちゃんがコレを先輩に飲ませたの.先輩,うれしそうに飲んでたよ」
そう言いながらユイナは右手に持ったビンを顔辺りまで上げて,左右に細かく振ってみせた.
「なるほど…….……でも,みんなを見ると相当な落ち込みようだったよねえ.結構ここから遠くまで感じることができたし」
「……どうしよっか,この人? ここに置いておいても部活の邪魔になるだけだよ」
「……どうしよっか? 今のうちにどこかに捨ててこようか,生ごみとして.……もはや先輩の人権無視だけど」
「それでいいんじゃない? このシスコン野郎,どこかに放置しておいてもここまで戻ってこられないだろうから.もはや私たちの日々の安息のためには原因となる者の排除しか考えられない」
「それじゃあ……,どこに持っていこうか?」
「……別にここから遠いところならどこでもいいけど,そうね……,面白そうだから職員室の前辺りに放置してみようか?」
「なかなかとんでもないことを言うね,桜川さん」
などと言いながらもセーヤはカバンを置いてトモジを背中におぶった.予想以上に軽く,まるで中身がスカスカのようだった.
「あっ,ちょっと待って.……途中で起きだすと橋野君が危ないから……」
そう言ってユイナは先刻リホから託されたシベリアンK2のふたを一つ開け,トモジの口から中身を無理矢理流し込んだ.
「……後輩諸君,他言無用にね」
一年生の二人は何も言わずにただ,首を縦に振った.
職員室前廊下に誰もいない間にトモジを放置してきてダッシュで戻ってきたセーヤは,他の部員たちと共に実に快適した空間で練習に精を出すことができた.一人不在の今の状態が普段の様子と全く変わりなかった.
セーヤたちはすっかり気分もよくなって,気分転換にと外に出てトランペットを吹いていた.日の光がトランペットに更なる輝きを与えていた.
まったりという表現がピッタリと当てはまる初夏の午後.
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