ONLINE BREAKER > MORE > 小説 > OrdinarieS > Ordinary 8.

title.png

Ordinary 8. 戸惑いから得たこと

「私……,橋野君のこと,……好きになっちゃったかもしれない」
 そう言った時にユズが私に見せた顔は,なんて言うんだろう,今までに見たことのないくらい愛くるしいっていうか,思わずギュッて抱きしめたくなるような感じがした.だけど,それと同時に私の体の中でチクッとした痛みのような感じがした.その痛みが,なぜか素直に笑うことができない,微笑みを封印してしまったように感じた.
 でも,その原因が次にユズが言った一言で晴れてしまう……,ううん,晴れるきっかけになるのかもしれない.私にはまだ分からないけど.
「……でも,ごめんね,こんなこと言って.コトネも橋野君のこと好きなのに」
――えっ?
「でもさ,私とコトネの間で隠し事はしないって約束でしょ? だから……,言っちゃいました」
 私はペダルをこぐのを忘れてしまった.両足はペダルの上においたまま動かず,今までの慣性だけで自転車は前へと進んでいく.
 地面とゴムタイヤとの摩擦力によって自転車はどんどん失速していった.私の前を走っていたユズは振り返りそれに気付いて,ブレーキをかけた.私も彼女の隣に並列するように止まった.
「どうしたの?」
 ユズは未だほのかにほおを赤らめながら私のほうを向いて言った.私もユズの方を向いた.その時の私の顔はどんな感じだったんだろう,よく分からない.
「……私が,セーヤ君のことを好きだって?」
「うん,そうでしょ?」
「えっ? どうして……」
「どうしてって……,長い付き合いでしょ,それくらい分かるよ」
「でもっ,私はユズがセーヤ君のことを好きだなんて気付かなかったよ?」
「……私はまだ,『かもしれない』だから.でもコトネは好きなんだよね」
「そんなっ,……セーヤ君とは幼なじみで,好きだとかそんなことは…….ううん,セーヤ君のことは好きだよ.好きっていっても友達としてで,恋愛感情としてじゃあ……」
 何を焦っているんだろう,私.言いたいことがまとまらない…….
「違うよ,コトネは橋野君のことが好き.恋してる」
「どうして……」
「『好きになるのに理由はいらない ただあなたにひかれるだけ』.コトネが考えた所だよ」
 ユズと二人で考えた新曲の歌詞の一部.突然私の頭に浮かんできたこの詞がすぐに採用されたことを覚えている.どうしてあの歌詞が思い浮かんだのかは分からない,詞を考えるのって,ふと頭に浮かぶ,そういうものだと思っていたから.
「で,でもさ,突然そう言われたってピンと……」
「……ピンときたの?」
「ううん,そうじゃないんだけど……」
 だけど……,前にも今と同じようなことがあったことを思い出した.あの時も私は「違う違う」ってごまかしてたっけ.……ごまかす? ううん,否定したんだ.ごまかしたら,それは私がセーヤ君のことを好きだってことになるんだから.セーヤ君とは幼なじみなんだから.
「あっ,橋野君!」
「えっ!?」
 ユズがそう言ったから私は振り返った.でも誰もいない.車が横を通り過ぎていくだけだった.
「……えっ,えっ?」
「ウ・ソ.……コトネ,顔が真っ赤~」
「ユ~ズ~ッ!」
 ユズはすでに私の少し先を行っていた.私はすぐにユズの後を追った.
 時々ユズは私にちょっかいをかける,今みたいに.普段はそんなことをしないだけに,私は簡単に引っかかっちゃう.だけどユズいわく,「コトネは純粋だから」なんだとか.私は前向きに考えるタイプだからそれを褒め言葉と受け取っているけれど,もしかしてからかわれてるだけ? ううん,ユズに限ってそんなことはないよね.

 私たちはそのままユズの家に行った.といってもすぐにユズは仕事に行かないといけないけど.
 ユズの家は駅に程近いマンション.仕事に行くのにいつも電車を利用しているユズにとっては,通勤に便利な場所.若い子たちにとても人気のあるアーティストらしくないけれど.……本当は,所属事務所が車で送り迎えしてくれるらしかったんだけど,ユズはそれを断ったとか.どうしてって,“ユズ”だから.
「おじゃましま~す」
と言って中に入ると,
「いらっしゃ~い」
と,私のすぐ前から聞こえた.声の主はもちろんユズ.ほかには誰もいない.
 私がこっちに引っ越してから何度もここに来たけれど,サエさん,ユズのお母さんに会ったことは一度もない.サエさんはユズのマネージャーをしてるんだけど,ほとんど向こうで生活してるみたい.
「もうそんなに時間ないよ.早く準備しないと」
「うん」
 ユズは彼女の部屋に入っていった.私はリビングでユズを待つことにした.
 十五分ほどして,ユズが部屋から出てきた.
「おまたせ.あとどのくらい時間ある?」
「10分ほどかな」
「じゃあ,もういこうかな」

 駅までユズを送ったあと,私はそのまま帰った.なんとなく早く帰りたかったから,いつもよりもペダルをこぐスピードを速めた.
 家に着くなり私はベッドにダイブした.うつ伏せのまま私は考えた.
 私って,セーヤ君のこと好きなのかな…….ユズはあんなこと言ってたけど,そうは全然思えないよ.そりゃあ,友達として,幼なじみとしてセーヤ君のことは好き,それははっきりといえる.セーヤ君の前でもそう言える.でも…….
 セーヤ君はどう思っているんだろう,私のこと.やっぱり,幼なじみってしかみていないよね…….ううん,“しか”はいらない,“しか”は余計だよね.それじゃ私が何か期待してるみたいじゃない.私は何も期待なんかしてない,してないんだから.
 ……でも,もしセーヤ君が私のことを友達以上に好きだったら,私はどうしたらいいんだろう.私も,どこの誰かも分からないような人と付き合うよりかはセーヤ君との方が付き合いやすいけど……って,私は何を考えてるんだろう,恥ずかしい…….
 それに,もしそんなことになったら,ユズ……,ユズはどうなるんだろう.ユズはセーヤ君のことが好きなんだから,……やっぱり,私が一歩下がって二人の仲を応援しないといけないよね.親友の恋を応援するのって,当然のことだから.セーヤ君には悪いけど.
 ……って,まだそうと決まったわけじゃないんだから,何勝手に一人で話しを進めてるんだろう,私.セーヤ君に好きな人がいるのかさえもまだ分かんないのに.……はあ,いっそのことセーヤ君,ユズを好きになってくれると万事オーケーなんだけど.
 思えば,こんなにセーヤ君のことを考えるのって,セーヤく……,セーちゃんが引っ越しちゃった日とあの時以来だよなあ.結局私って,何かきっかけがないとセーちゃんのこと考えないよね.これじゃ好きってことにはならないよね.好きになるっていうのは,その人のことを考えずにはいられなくなるってことだから.
 ユズは今,何を考えているんだろう.やっぱり,セーヤ君のことを考えているのかな? 仕事に支障をきたさなきゃいいけど.
 ……前のセーちゃんは全然頼りなくて,ううん,優しすぎて,私がいつも守ってあげなきゃって感じだった.でも,今のセーちゃんは違う.私が守ってあげなくても大丈夫.むしろ,女である私が守られる側に回るのかもしれない.……って,ダメダメ,どうしても話が飛躍しちゃう.
 なんか,いろいろ考えれば考えるほどグチャグチャになってまとまらない.いったん深呼吸しようか.
 ズーッ,フーッ…….
 ……ダメ,気が動転してるのかな,うつ伏せのまま深呼吸したって息苦しいだけじゃん.
 スーッ,ハーッ…….
 仰向けになって目線を天井から窓の外の青い空に移すと,何か不思議な感じがした.懐かしさに似た,不思議な感じが.

 結局,深呼吸の効果もあまりなく,晩ご飯のときもお風呂に入っているときも,私のこと,ユズのこと,そしてセーヤ君のことを考えていた.晩ご飯の時にはなにかお母さんに言われたけど,よく覚えていない.お風呂に入っていた時はあわやのぼせるところだった.私って,こんなに集中できる人間だったっけ? ううん,きっと自分にとって大切なことだから,こんなに集中できるんだと思う.普段からできてたらもっと成績がいいはずだしね.……今のは我ながらちょっと恥ずかしいかな.
 でも,いろいろ考えていたおかげで,っていうとなんか変かもしれないけれど,少しは考えがまとまったような気がする.分からなかった数学の問題が理解できて,スーッてした感じ.
 まとまったっていっても,私はセーヤ君のことを恋愛対象として見ていないっていうのは最初から貫き通してきたことだし.ユズには悪いけど,ユズの考えは思い違いってこと.
 今大切なのは,ユズがセーヤ君のことを好きになったという事実.ユズの口から出たんだから間違いない.私はユズの親友でありいとことして,ユズの恋を応援してあげたい,ただそれだけ.なんかちょっとだけ複雑な思いだけど.そりゃあ,私の親友と私の幼なじみをくっつけようと思ったら複雑に感じるのは当たり前かな.
 大切なのは“論”でも“証拠”でもなくて,“想い”.私にたとえ“想い”があったとしても,今のユズの“想い”には勝てないよ.絶対に.まあ,私とユズの“想い”はお門違いだけどね.
 ……セーヤ君は,誰か好きな人がいるのかな.
 ……そうだ,セーヤ君の想いを無視したらダメじゃない.もしユズが好きなら問題ないし,私ならユズに気持ちが移るようにがんばるけど……,もしほかの人だったら? もし私とユズ以外の誰かが好きなら? その時は私は親友としてユズのことを応援しないといけないし,幼なじみとしてセーヤ君のことも応援しないといけなくなる.これって,ユズを見ていられなくなるだけじゃん.ユズがかわいそうじゃん.
 もしそうなら,私はユズにそのことを言うべきなのかな? セーヤ君は私たちとは違う人が好きだって.それとも,ユズのことが好きじゃないことを知っててあえてユズの恋を応援してあげるべきなのかな.
 ……ダメ.せっかく考えがまとまったと思ったのに…….今日はもう寝ようかな.宿題は……,別にいいや.

「コトネちゃん」
「ん? ……あっ,セーヤ君.セーヤ君から話しかけてくるなんて珍しいね」
「今日の放課後,何か用事ある?」
「放課後? ううん,特に何もないよ」
「それじゃあさ,放課後,ちょっといい?」
「うん,いいけど……」
「ありがとう,それじゃ,またあとで」
 その時の私は,何かの手伝いを頼まれた,あるいは一緒に下校するか,程度にしか捉えていなかった.いつもは私の方からしていたことだから.
 でも,放課後,いつも人気のないお昼を食べる場所,前庭の一番隅に連れて行かれて,私は不安になった.
 セーヤ君はまっすぐ私を,私の瞳を見て言い出した.私はその視線に目を反らすことができなかった.反らしたくても体がいうことを聞かなかった.
「……僕は,余計なことを考えすぎていたんだ.コトネちゃんとは幼なじみだからだとか.でも,そんなのはじめからどうでもよかったんだ.“幼なじみ”って言葉,この言葉の意味は昔馴染みの友人ではない.ずっと昔から愛している,そして今でも,今からもずっと愛してゆける人であるってね」
「それって,どういう意味?」
 私は恐る恐る聞いてみた.セーヤ君は今までに私に見せたことのないくらいの笑顔を見せて,こう言った.
「……僕,コトネちゃんのこと,好きです.……僕と付き合ってください」
 私の体は金縛りにあったように動かない.セーヤ君もまっすぐ私を見ていて動かない.
 私の頭の中には,今セーヤ君が言った言葉と,……ユズの姿があった.私はハッとした.
「えっと……,でも,ユズが……」
「赤吹さんのことなら大丈夫.昨日僕と赤吹さんの2人でちゃんと話し合ったから.赤吹さん,『コトネをよろしくお願いします』って言ってたよ」
「……そうなんだ」
「だから,あとはコトネちゃんの返事だけ.……僕と,お付き合いしてくれませんか?」
 私の中で答えはもう決まっている.いくら昨日ユズと話をしようが,私が応援するのは二人なんだから.
「……はい」
――あれっ?
「……ありがとう」
 違う,私はごめんなさいって言おうと思ってたのに,どうして「はい」なの? そうなったら,私とセーヤ君が付き合うことになって,ユズが仲間はずれになるじゃない.そう,だから…….
 あれ,声が出ない…….どうして…….
 セーヤ君がこっちに近づいてきた.私のすぐ目の前に立って,私の顔をのぞき込む.そのままセーヤ君は顔をさらに近づけてきた.このままいけば,もしかして……!
 ダメッ,それはダメッ! だけど,声が出ないし体が動かない! このままじゃ,ユズが…….ダメッ,それ以上近づいたら,キス,になっちゃう……!

「……あれ,夢……?」
 目が覚めた私の目線の先には,見慣れた男の顔,ではなく見慣れた天井だった.窓の外からは明るい光が差し込んでいた.
 思わず私は唇を手で触って確認してみた.カサカサに乾燥していてくすぐったい.
「……そっか,夢か~……」
 私はほっとしてひとつため息をついた.
 昨日あれだけ考えたからかな,夢に出てきてもおかしくないよね.
 それにしても,夢の中のセーヤ君,面白いこと言ってたな.“幼なじみ”の意味はずっと昔から愛している,そして今でも,今からもずっと愛してゆける人,だったっけ.……愛するっていってもいろんな意味があるし.
 ……っていうか,あれって私が見た夢なんだよなあ.もしかしたら,私ってあの展開を望んでいる? 私って欲求不満? 何ばかなこと考えてるんだろ,私.
 ……友達としてセーヤ君のことが好き.だけど……,ユズには悪いけど,前向きに考え直してもいいかもしれない.

OrdinarieS written by Koichi
Copyright © 2001-2005 Koichi all right reserved.
無断で個人の利用する範囲を超えて使用することを禁ず.


online-breaker.com