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Ordinary 5. 懐古がよみがえる時

 コトネが引っ越してから数日たった.
 コトネもセーヤたちと同じ学校に転校したが,彼女の姿はあれ以来一度も見ていなかった.あの会話のあとセーヤはコトネの携帯電話の番号を聞いていたが,セーヤにはかけるつもりは無かったしその必要もなかった.確かに八年というブランクが二人の間にはあったが,この間の再会で十分埋め尽くすことができたと思っていたからである.
 一方コトネは,心の隅にはいつもセーヤからの電話を待っていた.別に毎日じゃなくていいから,ただ,彼の声が聞ければそれでよかった.彼女の中の八年というブランクはいまだに埋め尽くされてはいなかった.
 ユズカは仕事が休みのときはよくコトネと遊びに行く.人にばれないようにサングラスをかけ深々とぼうしをかぶり,客観的に見たらちょっと怪しい人ではないかと思われるくらいの格好をして出かける.しかしその格好が意外なほど他人には彼女が“如月サツキ”であるということが分からないので,少ない休みを彼女といっしょにショッピングやカラオケなどの心のうさ晴らしにあてたのであった.彼女といっしょにいるときも必ずコトネは,心の片隅では携帯電話の受信反応を待っていた.

 そして,再開後一週間,夜も遅い時間に橋野家に一本の電話がかかってきた.
「お兄ちゃん,でんわだよ~」
セーヤを茶化すような声でミミは二階にいる彼に向かってそう叫んだ.
「お兄ちゃん,がんばって!」
彼女は意味深な言葉を発したが,彼にはどうも意味がわからなかった.
「もしもし……」
「セーヤ君? どうして電話かけてこないの? 私,ずっと待ってたのに」
受話器からの声は昔よく聞いていた声とよく似た声,コトネだった.聞いた感じちょっと起こっているようだった.
「ああ,コトネちゃん? この前たっぷり話したじゃない.それに,電話じゃなくても学校でいつでも話せるよ.電話で話すより,直接会って話したほうがいいでしょ?」
「あ……,そうだよね,電話なんかよりそっちの方がいいかもね」
さっきとうって変わって,耳に入ってくる彼女の声はうれしそうだった.
「それじゃ,また明日ね」
そう言われて彼女から電話を切るのを待っていると,いっこうに電話を切った感じがしなかった.
「まだ,つながってる?」
「うん」
「あのさ,……ううん,なんでもない.じゃあ,切るね」
今度は本当に電話が切れて,プーッ,プーッと音がした.あっけないといえばあっけなかった.
 セーヤはゆっくりと受話器を置き,部屋に戻ろうとした彼をミミがとめる.
「あれ~? お兄ちゃん,意外に早かったけどどうだったの?」
「……何が?」
「何がって,あっ,なるほど.はは~んそういうことね.大切にしてあげないとだめだからね」
ミミだけが妙に納得して,セーヤは彼女の言ったセリフに首をかしげながら部屋へ戻った.

 次の日,セーヤがいつものように登校していると,初めてユズカと会ったあの場所にまたユズカがいた.
「おはよう,赤吹さん.またここで転んだんですか?」
しかし,どこにも転んだ形跡は見当たらないし自転車もきちんと立たせてある.
「あ,おはよう.……別に転んだわけじゃないんだけど.ただ,なんとなく懐かしくて」
「なつかしい?」
彼にはよく分からない返答だった.
「うん.今の生活が楽しいと感じることができた,そのきっかけとなった場所だから.あの学校に転校することになってはじめて会ったのが橋野君で本当によかったなって.もし橋野君じゃなかったら,私,いまはもう違う高校にいたかもしれないから.だから,ありがとう」
「そんな……,たいしたことは何も…….それに,きっかけを作ったのは僕じゃなくて,この場所で転んだ赤吹さんじゃない.っていうとなんかおかしいか」
「……」
ユズカは何も言わず,彼のほうも向かず,まっすぐ正面を向いてほほえんだ.その表情は誰にも見られなかったが,それは彼女にとってブラウン管の中でも見せたことのない最高の笑顔だった.
「それじゃあ,お先に.遅れないようにね.あの高校,遅刻にはやたらとうるさいから」
そのまま再び自転車をこいで,彼女の後ろを通りすぎていった.
 ユズカはセーヤの後ろ姿が見えなくなるまで眺めたあと,自転車の支えを倒し学校へと向かった.

 その日,学校ではコトネの話題でもちきりであった.コトネはもちまえの明るさと性格のよさで,男女を問わずすぐに多くの友人を得ることができたが,彼女は男子にとても人気があった.
 セーヤの友達であるケンもその一人であった.
「なあセーヤ,今度転校してきた,あのコトネちゃん.かわいいよな~」
「へぇ~,そうなんだ.如月サツキのほうはどうなるんだよ」
「サツキちゃんはファンってこと.高嶺の花.コトネちゃんはファンというものとは別.だからコトネちゃんとならぜんぜんOKだぜ」
「何が『ぜんぜんOK』なんだよ?」
「もちろん,俺の……,カァーッ,何を言わせようとしてるんだよ,セーヤ!」
バンッとセーヤの背中をフルスイングでたたいた.
「うぐッ,ゴホッ,ゲホッ……,いって~,何するんだよ!」
「まあまあ,それより我が友なら応援しててくれよな.俺の将来を」
そう言うと,他人から見ても明らかにウキウキ気分でケンは彼から離れていった.
「なんなんだ,アイツ?」

 昼休み.セーヤはいつもの木の下へ行ってパンをほおばっていた.
 ふと視線をあげるとなんと,すぐそこにコトネがやってきた.
「コトネちゃん,どうしてここに?」
「ユズから聞いたんだ.セーヤ君はいつもここでお昼ご飯を食べてるって.いっしょに食べていい?」
「……うん,いいよ」
コトネは走ってきたのか息づかいが荒かったが,ゆっくり息を整えたあとセーヤの隣りに座り,持っていた弁当箱のふたを開けた.セーヤが彼女に気付かれないようにその中身を見てみると,やっぱり女の子なのであろう,女の子らしいおかずだった.
「何,それ.もしかしてコトネちゃんが自分で作ったの?」
「えっ,うん…….どう? かわいくできてる?」
ちょっと赤面しながらも髪をかきあげるかわいいしぐさをしながらセーヤにたずねた.
「……うん,いいんじゃない? そのたこさんウィンナーなんて王道だし.昔のコトネちゃんだったら似合わないけど」
「ハハッ,そうだよね~.あのころは私よりもセーヤ君のほうが女の子らしかったからなあ」
 二人はこの前あってからの出来事を話しながらご飯を食べていたが,セーヤが彼女にこんな質問をした.
「コトネちゃん,この8年間どうだった?」
なんとなくぎこちない話し方だった.
「結構楽しかったよ,それなりに.セーヤ君がいなくなってからしばらくはさびしくてずっと泣いてたんだけどけどね…….そうそう,中3のときにね,合唱コンクールで私たちのクラスが優勝したんだ.それで先生がおごってくれたんだけど,それがすごくてね.『シベリアンK2』っていうのをもらったんだ」
「シベリアンK2? 何それ,聞いたことないなあ」
「知ってるわけがないよ.だって,それ先生のお手製ドリンクだったんだ.みんな初めて見たから素直に喜べなくてね.先生がのめって脅すからみんな飲んだんだけど,それがすっごくまずいの.後でわかったんだけど,それは原料がなんと片栗粉でね.わけわかんないでしょ」
セーヤは笑いながら大きくうなずいた.コトネもそれにつられて笑い出した.
「それで,あとで先生に抗議しに行ったんだ.先生は素直に罪をみとめてね.『ゴメン,ゴメン,ゴメリンコ!』なんてわけのわかんないこと言い出してね.回りの先生たちも笑ってて.……あれがほんとに楽しかったな~」
「ぷぷっ!! なんだ? その謝り方.わけわかんないなー.それにしても楽しい先生だね」
「しかも,修学旅行にまでそのドリンクをもってきてね.どうしようかと思ったよ,あのときは.飲まないとごはん食べちゃいけないって言ってくるし」
二人の会話に笑顔が絶えなかった.
 二人とも外見は変わってしまったが,八年前のあの二人の関係が徐々によみがえってきているようであった.
 二人の近くで,二人の楽しそうな会話を陰からのぞいているある人物がいた.
「どうしてセーヤはコトネちゃんと仲がいいんだ? セーヤなんかより俺の方がずっと……」
そのときセーヤは背筋がゾクッとする感じを受けた.辺りを見回してみると逃げていく人影が見えたが,メガネをはめていなかったためにそれがだれなのかを確かめることができなかった.
「セーヤ君,どうしたの?」
「ううん,いや何でもない」
その人物はセーヤに勘付かれたと察し,早めにその場から離れていたのだった.
 二人は最高に盛り上がっていたのだが,時間が二人を邪魔することとなった.
「さて,もうそろそろ教室に戻ることにするよ」
「ええー,もう? まだいいじゃん.もう少しいっしょにいようよ」
「……ごめん.次の授業は先生が厳しい人だから.遅れたらやばいんだ」
コトネは,じゃあ仕方ないというおももちでゆっくり立ち上がり,そしてお尻を軽く払ってセーヤのほうをむいた.
「じゃあ,またあとでね」
コトネはピンクの弁当箱をもって教室へと戻っていった.
「またあとでって……」

 セーヤが教室に戻るとそこにケンが待ち構えていた.
「放課後ちょっと……」
低い声でそうとだけ言うと,ケンは自分の席へ戻って腕を組みながらゆっくり座った.ケンのあのような態度をセーヤは今まで見たことなかった.
 授業中のケンにはさっきの感じはしなかったので,セーヤは少し安心した.さっきのは気のせいだと思うしかなかった.

 放課後,ケンとセーヤはある一室で向かい合っていた.
「セーヤ,率直に聞くがお前とコトネちゃんとはどういう関係だ? 今日の昼,お前,コトネちゃんといっしょにいただろ? ……おまえがうそをついていたことなんてどうでもいい.俺はただそれが知りたいだけだ」
いつにもまして真剣な顔つきをしている.さっきうれしそうにサツキとコトネの話をしていた様子は微塵にも感じられなかった.
「僕とコトネちゃんは単なる幼なじみさ.それ以外のなんでもないよ.8年前に僕がこっちに引っ越して離ればなれになったんだけど,最近彼女もこっちに引っ越してきて,久しぶりにあったところなんだ.……まあ,別に隠しておこうとは思ってなかったけど,なんとなく言い辛かったからさあ」
セーヤはそう説明した.
「幼なじみ!?」
突然大声を上げたかと思うと,ケンはセーヤに背を向けて大声で笑うしかなかった.

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